人生で一番勉強した日。

CFA

次の週末である1月15日・16日は大学入学共通テストだそうです。いつの間にか「センター試験」から名称が変わっていたのですね。ちなみに共通テストに変わったのは2021年からということで、今回が2回目。

文系の人はあまり国立を第一志望としない人が多く、あまりセンター試験に力を入れないそうですが、理系はなぜか「国立信仰」があって、自分も他にもれず、7科目9教科を勉強していました。

社会人になって理系以外の人と受験の時の話をしたときに、7科目勉強していたというと、ドン引きされた記憶があります。

さて、ブログタイトルの話になりますが、普通の人にとって「一番勉強した日(時期)」というと、大学受験のときかと思います。個人的はそう思わないですが、いくら名門中学・高校を卒業したからと言っていられるのは卒業大学ですからね。大学院もいいとこ出たとしても、やはり学部がどこだったかということは気になります。

この年になって今更「大学どこなの?」と聞く機会が減ったのであまりそういう話になりませんが、新卒で入社した会社はそこそこ毛並みのいい人たちが多かったので、そういう人たちの中には

小学生がピークだった。

と言う人もちらほらいました。いわゆる中学受験組ですね。

ド田舎出身で、中学はもちろん学区内、高校も受験と言う受験をしなかった身としては知らない世界でしたが、「2月の勝者」というテレビドラマを見て、東京で生きるという怖さを知りました。

世間一般的には話はこれくらいにして、自分にとって「一番勉強した日(時期)」というのはアクチュアリー試験と思いたいところでしたが、振り返って見ると意外とCFA(まだlevel1で恐縮ですが)のときだったのかと思います。

そもそも「大学受験のとき」と思いたいところで、やはり高校生と言う身分で、勉強以外することがない環境にいたため、時間としては一つの目標に対して”量”は費やしたかも知れません。ただ、その後、本当の高学歴の人たちの受験の話を聞くと、やはりある程度はテクニックというか対策という言葉は知っておくべきだったと思い知らされました。(もちろん絶対的な才能でクリアしてきた人たちもいましたが。)

初めて技術(=質)ということを意識して勉強したのは、まさにアクチュアリー試験でした。出題範囲はもちろん出題傾向や、経験的なことも意識して合格者の話を聞いたり、いわゆる「勉強仲間」という存在を意識したりと。大学受験のときは、とりあえず本屋にある問題集を適当に選んで解いて、絶対的な勉強量があれば、なんでも超えることができるだろうと。

結局センター試験まででしたね。このように非効率でどうにかなるのは。ただセンター試験も社会と国語が本番で新記録が出た一方で、得意だった数学・物理が模試でも取ったことがない点数を取った(結果的に想定の点数を獲得。)という結果になり、なんとなくこのあたりから歯車が狂っていった記憶があります。

経験というか、マインドセットとか、当時は邪道なことと思っていましたが、その後のアクチュアリー試験やCFA試験で重要性を認識しました。結果として塾とか予備校とか、遡れば参考書選びも重要なんだなぁと。

アクチュアリー試験は色々と会社の支援がありました。金銭的な意味では支援はほとんどありませんでしたが、試験問題の傾向や合格者体験記と言えば周りの先輩に声を掛ければいくらでも聞けました。もちろん、運悪く不合格だった先輩の話も聞きまして、自分なりに分析させて貰いました。

最も感謝しているのは同期たちですね。こんな普通の人が聞いたら偏屈扱いされる試験について、常日頃議論の相手をしてくれましたし、何より上記の受験テクニック的なことを教えてくれました。これは「大学受験は何が悪かったんだろ」という自分にとって長年の疑問、また再度受験(試験に失敗すると将来の行く末が左右される重要な局面と言う意味では同じ)にチャレンジする自分にとってのわだかまりを解決してくれる人生の転換点にもなるアドバイスとなりました。

ここまで書いておいてなぜ「人生で一番勉強した日」じゃないのか、ということになりますが、何と言うかポジティブな感情しか当時はなかったんですよね。もちろん受験しているときは辛いな・苦しいという感情はそれなりにあったと思いますが、自分にとってのプレッシャーが薄いというか、自分でも「受かったら儲けもの」という温度感のまま、最後まで行ってしまいました。

結局、今のところ人生で一番勉強したなぁというのは

CFA(米国証券アナリスト)

でした。まだlevel1ですけどね・・・。

自分で勝手に課したこととはいえ、辛かったですね。一度不合格となったのも応えましたし、どんな勉強をすればいいか、合格するためにはどの程度勉強すればいいか、全くゴールイメージが掴めていない中、手探りで勉強しなくてはいけませんでした。受験勉強ではいわゆる「模試」の存在ですし、アクチュアリー試験勉強では模試がないにしても、会社でそれなりに受験者母数がいたので、なんとなく上司から教えて貰えてました。

一方でCFAは言語自体にビハインドがある状態ですし、何と言っても受験料が高い・・・。

半分コロナ禍の暇つぶしに始めたため、年齢的にも受かったところでほとんどメリットがないですし、メリットがないことは薄々感じていたのでまぁ良いのですが、思ったより難しかった。証券アナリストの所詮英語版だろ、思っていたことに全力で土下座謝罪です。

加えて、もともと4割くらいの合格率だったlevel1ですが、CBT形式になってから2割台になったのは、本当に応えました。当初は2割か、アクチュアリー試験くらいだな(笑)くらいに思っていたのですが、PracticeExamを受けだしたあたりから「2割」という現実を認識し始め、毎日吐き気を催しながら勉強していました。

さて、CFAの振り返りになってしまいましたが、結果として、「社会人※」という限られた時間の中で、「質」かつ「量」をここまで追求したのはアクチュアリー試験以上だったかもしれません。しかも言語が英語なので、勉強するまでにスイッチを入れるのが大変だったり、言語で点数を落とすリスクもあったりと、色々悩みましたね。

※アクチュアリー試験ももちろん社会人になってから受験しましたが、入社して3年くらいまでは半分学生みたいな扱いでした。

まだまだCFAはlevel2、level3と残っているのに弱音を吐いてしまいましたが、とりあえず箸か棒にかは引っかかることが分かったので、また頑張って行きたいと思います。

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