知らないほうが幸せかもしれないインフレの話。

金融知識

新型コロナワクチンも先進国中心に普及し始めて、日次の感染者も低下傾向です。米国では国民の半分以上がワクチン接種を終え、その効果あってか2021年1月のピーク時には30万人/日あった新規感染者数も、足元では1万人台にまで減ってきました。

その甲斐あってか、マーケットでも、経済正常化による「インフレ期待」が高まっています。

米長期金利の指標となる10年物国債の利回りは、今年後半にかけ2%程度の水準まで上昇するとみている。雇用の回復が鮮明になるほか、インフレ期待が高まり、金融政策の正常化が始まるとの観測が強まる。

日本経済新聞(2021/6/4)より

「インフレ」でふと思い出したことがありました。

まだ入社して半年なのか1年なのかくらいのとき、自宅の方向が同じだった同期と、会社から帰っているときの話です。まぁ半年か1年も過ぎると、会社の帰り道の話題は会社の愚痴しかありません。

毎日毎日「給料安いなぁ」とか「宝くじ当たらないかなぁ」とか「転職するならどこがいいかなぁ」としょうもないことに期待を膨らませて日々帰っていました。なまじマーケットに触れるような部署に配属になったため(同期も部署は異なるけど同じような業務)、大して理解もしていない経済ニュースをまるで自分の意見のように使って、「日本の経済はまじやばいよ」など言いながら電車に揺られていました。

ふとある日のこと、いつもどおり電車の中で会社の愚痴から日本経済の愚痴に発展していると、私たちの隣に座っていた、老夫婦の旦那さんのほうから

そんなに気を落としなさんな。」

と声をかけられました。絵に書いたようなお行儀も良く(決して「老害」とは言えない雰囲気の)物腰の柔らかい老夫婦でした。

今では、私に話かけてくる人なんて証券か不動産の営業や(名刺交換するやつ。最近は名刺ないと言っても名前と電話番号を書いてくださいと言ってくる。)マルチ商法関係の人くらいで、道端で声をかけられても決して立ち止まりません。

しかし、まだ田舎から出てきたばっかりで、人を信じ切っていたころの私は「はぁ」と話を聞く態度を持ち合わせていました。旦那さんは言葉を続けてきました。

僕の新入社員だったころは、初任給が数万円だった。今は20万円も貰えるんだ。」

君たちは幸せなんだ。

と優しいまなざしで教えてくれました。特に会話のキャッチボールを往復する間もなく電車は二人の目的地に着き、二人は電車を降りて行きました。

あまりにも素敵な物腰の老夫婦の雰囲気と、その雰囲気に相応しい優しい言葉のトーンに「なるほどなぁ。1万円に比べたら僕らは幸せなのかも知れない。」と、同期と共に納得した瞬間が生まれましが、

お父さん、それは”インフレ”と言うんです。

というツッコミがどこからともなく聞こえてきました。

年次統計より

おそらく70代後半だったでしょうか。お父さんが初任給を貰っていた頃はもう半世紀も前です。確かに統計上、当時の初任給は数万円台だったようです。今から半世紀、つまり1970年頃のものの値段を調べてみると

・牛乳(180ml):25円(114円)
・食塩(1kg):20円(111円)
・中華そば(1杯):96円(594円)
・家賃(3.3平米/月):1,880円(9,002円)
・電気代(基本料金):180円(273円)
・水道料金(基本料金):100円(903円)
・皿(1枚):182円(1061円)
・家政婦料金(1人):2,010円(11,200円)

総務省統計局 主要品目の東京都区部小売価格(1970年の値段)より ※( )内は2010年の値段
統計局ホームページ/小売物価統計調査(動向編) 調査結果
総務省統計局、統計研究研修所の共同運営によるサイトです。国勢の基本に関する統計の企画・作成・提供、国及び地方公共団体の統計職員に専門的な研修を行っています。

と、概ね5倍の物価になっていました。つまり初任給が今の数分の一だった分、物の値段も数分の一だったので、幸福度としてはあんまり変わらなかったのではないかと思います。

このように国内では物価の上昇=給料の上昇と、両方が上昇しているので特にも損にも感じませんが、世界全体で見てみると様相が変わります。

ここ30年ほどの物価上昇を比べてみると、日本は1.3倍になっている一方で、アメリカは約3倍になっています。もちろん為替にこの動きがある程度織り込まれているとは思うのですが、相対的に日本のものの値段が安い、逆に言えば海外のものを買うとなると相対的に割高になってしまっていることが分かります。

NYの大戸屋にいくと「一食で3000円を超える」という話をよく聞きます。もちろん日本の食材をNYで仕入れるには相応のコストがかかりそうですが、やはりこの物価上昇の違いが、相対的に日本が貧しくなってしまったことを示しています。

幸か不幸かなまじ知識のある人間にとっては「給料が上がった。」という結果だけを見て喜んではいられません。物価上昇・インフレ以上の昇給率がないと給料が上昇しても意味がありません。(いわゆる実質賃金上昇率というもの)

逆に給料が下がっても、それ以上に物価下落・デフレならば、実質的には賃金が上昇しているので嬉しいのです。こうやってひねくれてしまって、純粋に目の前の現象に”純粋に喜ぶ”ということができなくなってしまったことは逆に不幸なんじゃないかと思う時があります。

例えば、この1年で株価は1.5倍になり(底値で買っていれば2倍)、それはそれで含み益はでました。しかし、”労働”を卒業できる額ではありません。結果、数十年後に2倍・3倍になるという期待(半分、統計という宗教への信頼)から言えば、1000段ある階段のうちの1段をやっと登れたという安心感が一瞬だけ訪れたに過ぎません。

新型コロナウイルスの影響で外に飲み行くことを控えることが普通になりましたが、振り返って見ると私は2回(しかも2回とも会社の飲み会。笑)しか外に飲みに行きませんでいた。

ジムに行くことが日課かつ、あまり飲み会が得意でない私にとっては、コロナ前は「1週間飲み会がなければ”勝ち”」と飲み会のなかった週の金曜日は喜んでいたように、平均的に週に1・2回は飲みに行ってました。

その私はどこに行ってしまったのやら。加えて、CFAの勉強も始まったので、家で飲むことすら辞めてしまいました。(今は月に1回~2回飲む程度)余ったお金はひたすら将来のため?に株式投資。とはいえ増えても上記のように特に嬉しいという感情もなく。(減るときは悲しい。笑)

一方で地元の友達たちは家も買って、車も買い換えて、最近ではキャンプ用品を新調したという連絡が良くきます。

お前、そのテント人生で何回つかうんだよ。

と心の中で思いながら、減価償却を考えてしまいます。私がそんなことを心の中で呟いているのはつゆ知らず、次の週にはランタンやアックスを買った、ととても楽しそうに写真付きで連絡をくれます。

もしかしたら現価とか複利とか知らなかったほうが楽しい人生だったのかな

と思うときがたまにある、という話でした。

ちなみに、冒頭の記事には続きがあって、金利上昇に右往左往するのはまだ早いのではないかとのことです。

ただ、来年になるとインフレ期待は沈静化しそうだ。米国の労働分配率は長期的に低下傾向だ。賃金も伸び悩む。企業が人件費抑制傾向を強めており、この傾向が変わらないと、物価は継続的には上がりにくい。政府などの債務の拡大で利上げへの耐久力も落ちている。市場は金融政策が完全に中立化するとまでは織り込んでいない。

このため来年は再びFRBのハト派姿勢を前提とした相場に戻り、金利は横ばいかゆるやかな低下に転じるだろう。テーパリング予告で金利が急騰した13年の「テーパータントラム」の際も、実際にテーパリングが始まると金利はむしろ下がっていった。

日本経済新聞(2021/6/4)より
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