アクチュアリー試験に受かる人、受からない人。

アクチュアリー

※このブログの内容はあくまで個人の感想です。

もう8月も終わりが近づいてきました。

年々夏が長くなっている気がしますが、一般的に夏が終わりを迎えようとしているこの時期からアクチュアリー試験の勉強を始めていました。12月までの約4か月、単に暑い時期を割けていたのか、夏休みの学生たちでカフェが混む時期を割けていたのか、はたまた自分の集中力が半年も持たないと思ったのが、一貫してこの時期から「よし始めよう」とスイッチを切り替えていました。

スイッチを入れてしまえば、何度かこのブログでも紹介していますが、周りの人たちからは

おまえいつも半年くらい行方不明になるよな?

と言われていました。

さすがに半年ほど行方不明になるほど連絡がつかなくなると、人間関係も希薄になりました。もともと田舎から出て来て東京には一人も友達がいない生活からのスタートでしたが、新社会人特有の「異業種交流会」に参加しては、連絡先が増え、そしてとりあえず社交辞令の飲み会をセットしてそこまだ知り合って・・・と2月~6月までは毎週誰かから飲み会のお誘いがありました。

会社も違うけど無駄に毎週合うという人も居て結構仲良くなるのですが、行方不明期間に入ってしまうとその関係もバッサリ切れてしまいます。ある程度仲良くなると「12月に向けてこういうお勉強しなくちゃいけなくなるから遊べなくなる」と事前に伝えてはいるんですが。

もちろん誰も12月なんて時期も覚えていることもなく、半年後に再度連絡もなく、断った側としてこちらからも連絡をすることもなく。

そしてオフシーズン(2月~6月)が始まり、唯一顔を合わせている会社の同期伝いで、東京の有象無象に紛れていくという繰り返しでした。そういう意味では、一定のコミュニティに縛られるのではなく、毎シーズン違う人たちとの交流できていたのは良い経験だったのかもしれません。

彼らにとっては自分は東京の有象無象の一人だったのでしょうが、なんだかんだ平均するとかなり人間関係が希薄だった自分にとっては2回会った人のことは結構覚えています。元気にやっているのでしょうか。

前回のアクチュアリーの記事でも書きましたが、自分にとってアクチュアリーは唯一の生きる道でした。人間関係・経験・環境と全てを地元に置いてきましたし、こういうとき「知識が唯一の武器だ!」とか言いますが、大学で勉強していたことが1ミリも役に立たない世界に足を踏み入れてしまいました。

そういった意味でアクチュアリー試験は自分のアイデンティティそのものでした。

その覚悟があってか、比較的同世代の中では早く試験に合格することができました。もちろん、最短の2年とはいきませんでしたが、試験受験は1次・2次合わせて5回で収めることができました。

試験に受かって早々にアクチュアリー業界から離れてしまったのですが、アクチュアリー試験を受けている間は先輩・同期・後輩と、数多くの受験者を見てきました。自分は学部卒かつ年次的にも合格が早い方だったこともあって、先輩・後輩関係なく試験勉強について相談を受けることが多かったです。

アクチュアリーに合格するのは天才だけなのか?

と聞かれれば、それはNOです。もし天才ならばこんな独立もできない資格ではなくて、起業してサラリーマンでは見ることのできないお金を稼ぐなり、お金が下賤だというのならば研究者の道で人類の文明の発展に貢献していただきたいと思っています。

つまり、アクチュアリーを目指している時点で天才ではないのです。

それに所詮資格です。免許です。生命保険・企業年金制度の妥当性の検証という仕事を捌いていかなければならないので、一定程度の合格者を出さなくてはいけません。アクチュアリー試験は「受からない試験」ではなく「適合性のない者を落とす試験」です。

結局受からる・受からないの線引きは

「覚悟」

なのだと思います。

覚悟については自分は誰よりもあったと思います。なんだかんだ社内には数十人は受験者がいます。そしてアクチュアリー試験受験も業務の一貫として認められているため、さすがに就業中に勉強するのは社会通念上許されるものではなかったですが、アクチュアリー会の主催する講座や試験日の休暇はいわゆる”有給”とは別に認められていました。

さすがに無条件に上記のことをアクチュアリー候補生だけに認められている訳ではなく、定期的(四半期くらい)に社内テストがあり、そこで一定の点数を取らないといけないというルールがありました。

何を隠そう、そこで常にビリだったのは自分でした。

勉強していなかったわけではありません。社内試験の形式が、事前に一定の範囲を指定して「そこの内容をちゃんと暗記しているか。」ということを問う問題でしたので、暗記は最後でいいやと思っていた自分にとってはあまりやる気が出るものではありませんでした。加えて周りは錚々たる学校を出た方ですので、言われたことはきちんとやる人ばかりです。

結果として、会社の定める基準はぎりぎりクリアしているものの、順位的には最下位、たまにブービーという結果が続きました。

当時は(今もだと思うのですが)、アクチュアリー正会員で課長級の一人が試験担当に就くのが慣例で、チューターと呼ぶのでしょうか、その1年間受験者の相談や上記のテスト結果をもとに面談を行う人がいます。

予想には難しくはないですが、面談では

お前やる気あるの?

と言われていました。もちろん自分の計画・やる気は伝えましたが、「これで落ちたら何も庇えないぞ。」と言われましたし、「アクチュアリー試験はハイリスク・ハイリターン」という言葉もこの先輩から頂きました。

その後は最短の2年で・・・というドラマみたいな展開にはありませんでしたが、結果は前述のとおりです。ただし、そのチューターさんには「お前は”受かる方”だと思った。覚悟が違った。」と後々言われました。

前の会社を去る時も当時人事の採用だった方(採用の統括だった方)にも言われた言葉があります。「お前が面接の時言った言葉を今でも覚えている。お前は覚えているか?」と聞かれ、幾人もの面接をしてきたのに、ただの新人一人の言葉を覚えてもらっていることに感銘を受けた一方で、自分は全く覚えていませんでした。「すいません。覚えてないです。笑」と答えると、自分は

自分は絶対にアクチュアリー試験に受かる。

と言っていたそうです。まさに黒歴史ですね。あまりにも自信満々で言ったそうで、とても印象に残ったとも言われました。

東京に来てから何年もたったので当時(大学4年生)の感情はあやふやですが、全てを置いてやってきた自分は相当の覚悟があったんでしょうね。それかただの馬鹿です。結果論ですが、馬鹿にならなくて良かった。自分のポリシーとして、アクチュアリー採用で入ったのだから、最低限アクチュアリー試験に受かるのが仕事です。「営業やりたい」って入社したにも関わらず「実は営業できません」というものですから。

身の上話が長くなりましたが、先輩にしても後輩にしても

受かる人は受かる

というのが結論です。繰り返しになりますが所詮試験ですので、一定量の勉強量をこなせば(もちろん得意・不得意はありますが)誰でも受かります。

ただし、仕事をしながらだったり、大学受験のときと違って予備校や親等導いてくれる人がいないという点が大学受験にはない点で、「自分を自分で律する」というところが論点かと思います。

なので、天才!というわけではなく、この人はちゃんと勉強しているなぁという人は普通に4~6年くらいで受かっていきます。一方でちゃんと勉強していないというか、聞くところによるとシンプルに勉強時間を確保できていない人はなかなか合格しません。

そういう観点で行くと、やはり大学受験時代に自分をしっかり律して机に座り続けた学歴の高い人たちは順次合格していく印象です。特にセンター試験(もうなくなってしまいましたが)できっと興味がなかったであろう社会や国語を勉強してきた国立勢は安定的なイメージです。一方で少ない科目で大学受験が済んでしまった私立勢や、そもそも机に座ってこなかった推薦勢は”当たりはずれ”がありました。

だからと言って受験の最高峰である東大・京大勢が100%合格してるわけでもありません。

理由はそれぞれなのですが、やはり大学受験のときと環境が違うといったことが一番の要因だそうです。なかなか業務で思うように勉強時間が取れなく、人間ですので1科目だけでも「不合格」となってしまうことは良くあることです。しかしさすが大学受験の最高峰、今まで失敗した経験がないということや、同期や後輩(非東大・京大)が自分が落ちたのに受かってしまっているのを見ると、やはり精神的に折れてしまったそうです。

また、大学受験時と違って生活を管理してくれる親がいないのでどうしていいかわからない、という人もいました。逆に言われたことをただやっているだけでそこまで大学受験を勝ち登れたのが凄い、の一言ですが。

ここまで多くを語ってしまいましたが、所詮は資格取得の勉強です。自分はそれなりの覚悟を持って(所詮試験ではあるのですが)取り組んでいましたし、持続して勉強するためにも

嫌でも興味を持つように

自分をマインドコントロールしていました。例えば勉強を始める前にアクチュアリーの歴史を調べたり、保険の歴史を調べたりと。やはりわずかでも興味を持って勉強すると集中力の持続性であったり、記憶の定着力が違いますね。こういった勉強に取り組み姿勢は大学受験のときに知っておきたかったですね。

そしたらもっと良い大学に行って、アクチュアリーなんか受けなくて良い人生を選べたかもしれません。笑

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